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インドネシア・スラウェシ島におけるリサーチビザ (research visa) 取得の流れと調査地での動き(前編)
さて、さすがに、そろそろ記憶も薄らいできてしまいそうなので、調査visaの取得の流れを大まかに書いておこうと思う。自分のためにも。

1. 調査visaの流れの書かれたpdfを手に入れる。
RISTEKのHPにUPされているpdfがあるので以下のURLからダウンロードする。
http://www.ristek.go.id/?module=File&frame=lain_lain/frp/BUKU%20Prosedur%20FRP%202012%20_ENGLISH%20VERSION%20%2017%20JULY%202012_.pdf
先ほど、確認したところ、7月20日にpdfが更新されていたが、基本的な流れは変わっていないように思う。

2. pdf内にある調査visa取得のための書類14個を集める(これは、2011年7月11日から使用されてきた形式を用いているので、現在とは中身が少し異なる)。まずは、書類について。
とりあえず、今回は、赤字を付けた物以外をすべて揃えた。
青字を付けたものは、時間のかかったものである。

I. RISTEKへの公式書類1部を提出(この書類のコピー1部をvisaを取得する領事館へ提出)
II. 調査のタイトル、目的、方法、調査場所、期間を含む調査計画書のコピー1部
III. 調査計画書の摘要のコピー1部

IV. 調査者のパスポートのコピー1部(有効期限が少なくとも6ヶ月以上あるもの)
V. 調査者の履歴書のコピー1部(学術論文などがあれば、それも含める)
VI. 背景赤の証明写真4部(4x6 cm)
VII. MoUとMTAという書類(サンプルを持ち帰るための書類らしい)
VIII. 調査者の所属する機関からの推薦書1部と調査者の管理者あるいは、教授からの推薦書1部
IX. インドネシア領事館からの推薦書1部
X. カウンターパートからの調査協力書1部

XI. 健康診断書1部
XII. インドネシアにおける調査および生活面における金銭面の保証書1部(所属機関からの)
XIII. 調査の際に使用するであろう器具および道具のリスト1部
XIV. 調査者の配偶者および子供を連れて行く場合の書類1部


正直、この書類集めがなかなか時間のかかる作業であった。
12月中旬から始めて2月初旬にすべての書類が揃った。約2ヶ月。

この書類を集めて再チェックしてから、すぐさま、RISTEKへpdfで書類を提出。いちお、カウンターパートのUNHASのAgnes先生の下にも送った。

3月中旬になって、やっとRISTEKから連絡が返ってくる。約1ヶ月と半月。
どうやら書類審査のための会議が1ヶ月に1度しか開かれないので時間がかかったようだ。

ちょうど、マレーシアに行っていたのでメールを返すことが出来ず、3月下旬になってすぐさま連絡を返した。

RISTEKからのメールの内容としては、“審査に通ったので、visa325をどの領事館で取りたいのか、すぐに連絡をください”とのことだった。

愛媛からもっとも近いインドネシア領事館は、大阪だったので、大阪で取得する旨を伝えた。

約2週間後の4月の1週。連絡が返ってこないので、いつ大阪でvisaを取得できるのかを大阪の領事館に連絡をする。

しかし、まだ、出来ていないと言われ、心底不安になる。4月15日に出国することを想定していたのだが、visaが取得できなければ、航空券を購入できない。

その電話から3日後。RISTEKから連絡があり、大阪領事館でのvisa325の取得の準備が整ったと。

念のために、大阪領事館に連絡して聞いてみる。
どうやら、visaが来ているようだ。
ここで、初めて聞いたのだが、visaを受け取る際にvisaの入国審査書類を作成してくる必要があるらしい。

これは、大阪領事館のHP内にあるフォーマットを用いて欲しいとのこと。
http://www.indonesia-osaka.org/ja/layanan-publik/visa/ ← この中の滞在visaを参照のこと。

聞き忘れたことがあったので、再度大阪領事館へ連絡。内容は、入国審査書類を提出後に、visaの受け取りにどのくらいの期間がかかるのか?ということである。

書類を受け取ってから、受け取るまでに1日がかかると知らされる。


その時点で、出国日を4月19日に設定し、逆算して、18日の朝大阪入りし、領事館に書類を提出し、次の日の朝visaを受け取り、お昼の便に乗ることを想定した。

行く前に、圭三さんにたくさん写真を持っていけと言われていたので、4x6 cmと4x3 cmの写真を10枚ずつ準備し、持っていく。

と、ここまでがvisaを受け取るまでになります。
これ以降も、実は、結構大変であった。それについては、これ以降の記事でまた書いていきたいと思います。

※調査visa取得のために使用した私の書類等の画像を後程、入れていきたいと思いますので、しばらくお待ちください。


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日々 | 00:03:20 | トラックバック(0) | コメント(0)
更新。。
さて、スラウェシでの日々の更新を続けてきたこのブログですが、日本に帰ってきてしまったので、来年1月(かな?)にスラウェシへ行くまで、一時閉鎖(ただ、書き込まないだけ)します。

その前に、自分が忘れないために、もしくは、他の人のために、調査VISA取得の流れと帰るための書類の流れを書いておきたいと思います。

次記事以降でその流れを書いていこうと思いますので、いましばらくお待ちください。

加えて、マカッサルで生活していた時に、いくつかのpete2(乗り合いバス的な)の路線をgoogle mapに作成したので、それもupしたいと思います。

3ヶ月、あっという間に過ぎて、日本に帰ってきて残念な面もあります(人柄が良いとか、物価安いとか、いろいろと適当なところとか・・・)が、喜ばしい面もたくさんあります(うるさくないとか、町がきれいとか、ご飯がおいしいとか・・・)。

スラウェシで生活している中で、多くの方々に手助けをしていただきました。そのことが一番印象的で、かつ感謝したいことです。

また、来年も行く予定なので、みなさんにお礼参りに行ければなぁと思ってます。

取り急ぎ報告まで。


日々 | 13:38:53 | トラックバック(0) | コメント(1)
7月8日
この日は、2つの大イベントがあった。

1つは、サマロナ島にJICAの若い方々と行ったこと。

もう一つは、廣田家で余った食料を使って大量に料理をしたことである。

サマロナ島は、マカッサルから船で約30分ぐらいのところにある島で、観光地として有名らしい。



JICAの皆様(南スラウェシの方々)が一同に会して、行われるサマロナ島観光ツアーに同行させていただいた。

以前に、知り合いになっていた五十嵐さんからのお誘いで行けることになった。ありがたい。

すごく、小さな島で、周りの海はすごくきれいだった。しかし、そこに住む住人たちは、お金儲けのために積極的だった。めんどい。

ただ、座るためだけの場所代でRp. 50.000(500円)。高くないか?だが、他の人がその値段で払ってしまっているので、変更はきかず。まぁ仕方ない。

そして、泳ぐ準備を整え、海に向かう。さすが、JICAの方々、シュノーケリンググッズをちゃんと準備して来られている。かくいう私は、サンダルすら持っていない。全て(服以外)をお借りした。



島に泳ぎに行ったけれども、実は、私は、海が嫌いである。なので、ちょっと、潜ってすぐに逃げ帰ってきたのはここだけの話だ。

ちなみに、今回持って行ったカメラは防水12 mなので海の中でも撮影してみた。

うーん。魚を撮るのは、なかなか難しい。



その後、カメラを松山さんという方にお渡しして、海の中の写真を撮ってきてもらった。
以下数枚は、松山ゆういちさん撮影のものです。





海泳いで、ゆったりして、さて、帰るかと思った矢先、スイカ割の準備が始まった。





そういえば、今考えると、海でスイカ割なんか、初めてなんじゃないか?たしか。
海を避け続けてきたので。

JICA手ぬぐいを使って目隠しをして、じゃんけんで負けた松山さんがスイカ割に挑む。








・・・。一発で成功。



終わってしまった・・・。

が、それでも、やるということで、マサヨさんが挑む。



・・・。失敗。

ちなみに、その後、私もやったが、失敗だった。意外と難しい。

とりあえず、料理担当の杉本さんに切ってもらって、スイカをいただく。



その後、ノリでビーチフラッグもやることに。





とかいろいろやって、半日を楽しく過ごした。一つだけ残念なのは、島に虫が少ないことだった。



発見したのは、ゴミダマとバッタとアリモドキぐらいだった。まじめに探せばもっと採れるとは思うけど・・・。



そして、マカッサルへ戻った。





帰りに、いつも行く店(KAORIの近く)で、Nasi udukを買って帰還。家で、お昼寝。

お昼寝していると、慧子やんが訪ねてきた。

ここで、話し忘れていたことがあったので、付け加えておく。
7月7日の夕方に廣田先生が徳島へ帰られたので、家には私一人で生活している。

残った食材をすべて使い切って、日本に帰らなければ、廣田先生が帰ってこられるころには、多くの野菜と食材がいい具合に臭くなっているだろう。

なので、必死で料理して、食材を減らしていった。やはり、一人では、多すぎたので慧子やんにも、食べるのを手伝ってもらう。

余った食材の中で、最も調理困難だったのが、白玉だんごだった。





最終的には、ピザ風もしくはラザニア風の料理になって、すごくおいしく食べれた。



あとは、ニンジンが大量に余っていたので、玉ねぎと鶏肉をつかって、カレーを作成。

しかし、ここでも予想していなかったことが起きた。カレーのルーって売ってなくない?

しかたなく、やったことないけど、ウコンとコリアンダーとシナモンの粉末を買って、味を見ながら作成してみた。



意外とおいしかった。適当でもなんとかなるもんだなぁ。



いろいろとくたくたですぐに寝てしまった。



日々 | 10:43:01 | トラックバック(0) | コメント(1)
Trangiaという道具
7月7日。とうとう欲しかった1つのアイテムを手に入れた。

そう、Trangiaだ。



山岳部が山で使用していた小型コンロややかんセットである。





欲しかったので、山岳部に聞いたら、マカッサルで購入してもらったとのことだった。

UNHASのPintu2の斜め前ぐらいにある大きな店に山岳グッズが揃っているらしい。

なので、行ってみるとたしかに売っていた。

しかも、マパラタランチュラが使っていたのと同じもの。

すぐさま購入。前情報としていくらか聞いていたのだが、大体Rp. 1juta (1万円ぐらい)だそうな。

行ってみると、Rp. 1.250.000 (1万2500円ぐらい)だった。

ちょっと高いが、こんなものだろう。イキも言っていたがたぶん値段はちょっと上がってるかもと。

買えたからよかった。
さぁて、日本に帰ったら、チビゴミ掘りのときにでもつかおーと。


日々 | 15:28:10 | トラックバック(0) | コメント(0)
忘れていた、6月30日+7月1日
ポントロ山がすごすぎて帰りの2日分の更新を忘れていた。

6月30日。

前日までの疲れはどこへやら、泳ぎに行くぞとイキ。
よし、キタ、行くぞと私。

夕方4時ぐらいになって、プールに泳ぎに行った。

メンバーは、イキ、アアン、リオン、ワンティの4人。

ワンティが泳げないことが発覚。何しに来たんだ(笑)



さすがの山岳部。水は苦手のようだ。
かくいう私もあまり泳ぎが得意な方ではないのだが。

水中でもカメラが使えることを思い出した彼らは、遊び道具として、写真を撮りまくっていた。ありがたい反面ちょっと怖い。









2時間ぐらい泳いだ後、帰った。



残念なことに彼らが用意してくれると言っていたbebekは、売り切れだったらしく、夜食べることができなかった。また、来年きたときに作ってやるよと言っていた。

なので、というよりもこちらがメインだったのだが、高倉さんと最後に飲みに行った。

なかなかシャレオツな店で、ピザとかを食べた。ビールがなくて残念。

結局いつもの店で飲むことに。

なぜか、カラオケパーティ(たぶん誰かの誕生日)が行われていて、普段10時までのお店が11時まで開いていた。ラッキー。

いつも通り、楽しく会話できて、非常に楽しかった。一時、会えないのが残念。
来年、ゴロンタロで会うか、日本で会って、また、ぜひ飲みに行きたい。

7月1日。
マカッサルに帰る日。朝9時前に部室に行って、ゆっくりだべって、お別れをした。服やらサンダルやらふるいやらを置いてきた。ちょっと軽くなった気がした。リリーが可愛すぎ。



その後、アアンの友人のルディの車に乗って、空港へ送ってもらった。

さくっと、お別れして、中へ。

X線検査で、なぜか、止められた。

どうも、多くの電池かタバコが原因だったようだ。タバコが・・・というと、あっさり通った。

楽勝。

それにしても、飛行機が1時間遅れって。

飛行場からタクシーに乗って、廣田先生の家へすぐに向かう。1時間遅れたので。

先生から、家の鍵のことやらいろいろ教えていただいた後、夕方から出かけた。

慧子やんと飲みに行くために。楽しく飲んで、盛り上がって、pete2が無くなったので、pkpに泊まった。


日々 | 14:21:05 | トラックバック(0) | コメント(0)
マカッサル
7月1日よりマカッサル入りしている。

ネット環境はゴロンタロよりも安定しているように思うが、モバイルルーターはなかなか言う事を聞いてくれないのが残念だ。

マカッサルに帰ってくるのは良いのだが、家がなくて、正直困っていた。

そんな時、日本語学科の廣田先生が声をかけてくださり、現在、廣田先生の家に居候している。

もし、来年来るときは、Faib君家かなぁ。明日会う予定なので、相談してみよう。

インドネシアでの生活も残り1週間を切った。

いろいろさみしい。人と会えなくなることとか、食べ物、飲み物とか、山とか。

いずれ、また来るし、まぁいいか。とりあえず、kitasとかの返却を早くしないといけないなぁと感じ、インドネシア語検定を勉強する今日この頃であった(遅すぎる気がするけど)。


日々 | 17:54:22 | トラックバック(0) | コメント(1)
すごいぞ、ポントロ山(8日目)
遅ればせながら、ポントロ山の最終日を書きます。

この日は、朝8時半に村長の家を出た。

もちろん前日の晩御飯同様に朝ごはんもタダだった。ありがとう村長。



オジェックに乗り、この村と山とお別れ。またねー。

来たくないけど(笑)

オジェックに乗る前に、ふと手を見ると、なにやら大変なことになっていたので撮影。



半端じゃない数のBintangがあって驚いた。



この日は、道が比較的乾燥していたので、バイクはグイグイスピードを上げて走っていた。



正直、死ぬほど怖かった。なぜにそんなに飛ばすのだろうか?安全第一で行ってほしいんですが。

約1時間後。

川に到着。

その後、大きな通りまで20分ぐらい。行きの時よりも、1時間ぐらい早い。



そして、今度は、帰りの車待ちである。定期的に車(みため、タクシーとかではない)がコタゴロンタロへ走っているらしく、その車に交渉して、乗り込む。



ちなみ、もうすでに、6人が乗車済み。乗れるのか心配だったが、無理やりねじ込んで3人+5人分の荷物を載せる(過剰積載な気がするけど)。イキとヘルはバイクで帰る。

約5時間後。

コタゴロンタロへ到着した。正直遠い。そして、助手席に座っていた私の真後ろで、14歳ぐらいの女の子が、車酔いでひたすら吐いていた。かわいそうに。

その女の子は、どうも孤児のようで、児童施設のような場所に預けられていた。少し複雑な気持ちになった。

その日の夜は、私が山に登っている間に帰ってこられていたAziz先生とご飯を食べに行った。




日々 | 17:21:52 | トラックバック(0) | コメント(0)
すごいぞ、ポントロ山(7日目)
6月28日

朝ごはんは豪華だった。





前日まで、雨水で生活していたのであまり料理ができなかったので、ここで一気に作って軽くしようという魂胆だ。ありがたい。

ちなみに、前記事では書いていなかったが、雨水で生活している間は、コップも皿も洗えず、汚いままで使っていた。ここに来てようやっと綺麗に洗えたのだ。

よく虫が入っていたので、結構、虫も食べていた気がするが・・・。気にしない。

降りる前に記念撮影。



途中、面白いザトウムシを見つけたのでパシャリ。

足がなかったら、メタルスライムそっくり。



今年の昆虫展で写真展があるなら、だそーと。

集落の村長の家から600 mぐらい離れた場所で、大雨に会う。







まじで、毎日雨降ってるなぁ。ほんとに乾季なのかと思わされる。

雨宿りをしていると、ちかくのおうちの方が家に招いてくれた。



暖かいコーヒー(粉っぽい田舎の)とバナナをご馳走になる。

+芋をいただいた。しかし、芋だと言われて食べていたが、これは、芋ではなく、樹の幹を茹でて作ったものだそうな。



その名もUbi pohon(樹の芋)。

普通に芋っぽかった。ダブダブと一緒にいただいた。

その後、茹でバナナも出てきて、おいしくいただいた。初めて食べたが、まぁ悪くはないが、おいしいともいえない。



ついで、アボカドのデザートをいただく。うん。普通。おいしい方だが、たくさんは食べれない。

雨があがり、トラップを回収後、村長の家へ向かう。





めちゃくちゃ冷たい水でマンディをして、体を綺麗にした。

その後、ピナラチをいただく。



この時、すでに、私のタバコが尽きていたのには笑えた。



夜に、村長の家にある手帳に名前を記帳し、寝る。


日々 | 17:54:37 | トラックバック(0) | コメント(2)
すごいぞ、ポントロ山(6日目)
6月27日

朝から、トラップを回収。全然、成果なし。
しかし、ふるいでかなり丸っこい小っちゃいデオキノコを採集。かなり期待(後ろ翅ないんじゃないのかなーとか)

出発前に記念撮影。



降りはじめる。

この日は、Pos3まで一気に降りる。めっさしんどい。

途中で、大雨。



毎日雨が降っててやる気なくすわぁ。採集しにくいし。

電池が切れそうだったのでこの日はあまり写真を撮れず。

みんなとだべって、ゴロンタロ弁ならぬゴロンタロ語とジャワ語を習う。

ゴロンタロ語
ウォロロハバリ(スペルわかりません、以下同) → Bagaimana kabarnya?
ピヨピヨフ → Baik2 saja

ワティア バンディラ → Saya malas

トゥエウ、ドゥルヲ、トトル、ウォパト、リモ → 1, 2, 3, 4, 5

ジャワ語
ピエカバリ → Bagaimana kabarnya?
バエバエ → Baik2 saja

シチ、ロロ、テルッ、・・・(忘れた)、リモ → 1, 2, 3, 4, 5

覚えるのが大変だわ。でも面白い。


日々 | 17:41:00 | トラックバック(0) | コメント(0)
すごいぞ、ポントロ山(5日目)
6月26日

ほんとは、昨日頂上に着く予定だったが、無理だったので、今日目指すことに。



朝、相変わらずの寒さ。眠い。背中が痛い、石のせいだな、たぶん。

朝、起きると、ヘルのお腹の辺りにダニが付いていたので、パシャリ。



このダニは、意外と痛い。どうもこの辺には2種類のダニが噛んでくるようだ。

1つは、上のやつ。2つ目は、写真を撮り忘れたけど、小指の爪ぐらいの大きさのやつ(でかい)。



とりあえず、準備して登り始める。



Pos6へ到達。



そこから頂上へは30分ぐらいだそうな。

荷物をほっぽらかして、すぐさま頂上を目指す。

途中、境界線(Gorontalo-Sulawesi tengah)でパシャリ。



道と言えない道を進み、頂上へ到着。

頂上でパシャリ。





悪ふざけしまくり。



いろいろ写真がありますが、見せれないものも・・・。

降りてきて、ご飯の準備。と同時に大雨。



飲み水の確保。雨が弱まっている間に、トラップを仕掛ける。



近くには、たくさんのキノコがあって夜に調査区を設けて調査。





雨のせいで、あまり良い成果が出なかったように思う。

もうあと1日、欲しかったなぁ。

寒さをこらえながら、就寝。


日々 | 16:37:43 | トラックバック(0) | コメント(0)
すごいぞ、ポントロ山(4日目)
6月25日

昨晩は、14℃近くまで温度が下がり、みんな震えていた、私も含めて。



朝、濡れた服を着て、山頂に向けて出発。



途中、途中で採集をする私。



やっとのことで尾根にたどり着く。途中見晴らしいの良い場所で記念撮影。







そして、イキおよびアアンがこの辺りには、ウツボカズラがたくさんあるから探してみようというので、探索。

すぐに、発見。









めっさたくさんあった。小さいのから大きいのまで。

そして、また、歩き出す。今夜までにPos6まで到達しなければならないので。





しかし、途中で、リミットである夕方5時になる。



山岳部の面々は、最初から言っていたのだが、もし、目標ポイントに到達できない場合は、夕方5時まで進んだところで、テントを張れる場所を探して、水を探しに行くと。

まさに、今その状況に陥る。

どうやら、前回圭三さんが泊まった場所より少し上の場所に泊まるようだ。

ちなみに、この辺りに水は一切ない。しかし、幸か不幸か、大雨が降りだす。



彼らは、テントを使って、雨水を集め、飲み水の確保。
ちょっとテントの味がするのはたぶん気のせい。



その雨水を使って、ご飯を炊き、野菜スープ(水かなり少なめ)など作ってくれた。ありがたい。

標高は、1600 mぐらい。

めちゃめちゃ寝にくかった。石、木の根っこなど、様々な障害が背中に負担をかけてくるのと、とにかく、寒い。

昨日よりも下がって、13.7℃ぐらい+風。

これから先、水の確保が非常に大変だなぁと感じ、眠りについた。


日々 | 15:37:40 | トラックバック(0) | コメント(0)

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